江別で生まれ育ち高校を卒業後、旭川の大学で木工のデザインを学び、東川町の家具メーカーに就職。祖父が始めた歴史ある仕事を受け継ぐことを決意し江別に戻り、牛削蹄師(さくていし)の修業を始めた久津間さん。現在は3代目として牛削蹄師の仕事に取り組みながら、若手への指導も行っている。

高い技術力を求めて

ー 久津間装蹄所ではどのようなお仕事をされていますか。

久津間装蹄所は祖父が軍隊で馬の「装蹄(そうてい)」を覚え1949年に設立しました。
「装蹄師」とは馬の蹄(ひづめ)に蹄鉄(ていてつ)をうつ技術者で、馬や牛の蹄を削る「削蹄師(さくてい)」とは別の仕事です。祖父は装蹄師として立ったままの馬の脚をもって作業を行う「単独保定」の技術を学び、その技術を使い「削蹄」を副業として始めました。 当時トラクターや車の代わりに馬を飼っている牧場が多く、馬だけではなく牛の爪も整えてくれないかと頼まれ、削蹄を始めたのがきっかけです。2代目である父の代からは牛を削蹄する仕事が中心となりました。 牛削蹄の仕事は蹄を切り、形を整えることで起立や歩行を快適にさせ、動き回ることを目的としています。歩くことで体全体に血液を循環させるので、しっかり踏み込めないと歩かなくなって運動量がへり、さまざまな病気になってしまいます。 牛それぞれの状態にあわせて爪を正しく整え、しっかりと踏み込ませるようにした結果、餌をよく食べ、乳量が増え、肉質・肥育効果が上がり、繁殖率が高くなるのです。 削蹄はただ伸びた爪を整えるだけではなく、健康管理の大切なひとつになります。お客さんである酪農・畜産家の大切な牛の健康状態を左右するため、高い技術力が求められる仕事です。 馬の装蹄から牛削蹄へと仕事は変わりましたが、祖父が残した「久津間装蹄所」という名前は今でもそのまま使い続けています。

祖父から受け継がれた、歴史ある仕事

ー なぜ牛削蹄師になったのですか?

父親が久津間装蹄所の2代目でしたが、僕は旭川の大学で木工のデザインの勉強をし、卒業後は東川町の家具メーカーに就職してデザインや販売接客などの、削蹄とは全く違う仕事をしていました。 牛削蹄師になろうと思ったのは、兄弟子がリンパ腫で入院したのがきっかけです。兄弟子の復帰は難しいと知らされた時、このままだと歴史ある仕事、自分の名字がある久津間装蹄所がなくなってしまうと思い、牛削蹄師になろうと決めました。 父親には「なんにも出来ないのだから、戻ってくるな」と言われましたが、何度も話し合い説得した後、サラリーマンを辞めて修業を始めたのが25歳の時です。削蹄という仕事は、前職の家具のデザインというモノづくりの仕事とは正反対だと思っていたけど、牛の状態に合わせてどのように作業を行えばいいかとか、どうしたらこの牛の起立を綺麗にすることができるかなどを考えていると、つくりあげるということでは同じだと思うようになったんです。今は3代目として現場を任され、若いスタッフに指示しながら、一人前の牛削蹄師になるように指導しています。

ー 牛削蹄師ならではのこだわりとは何ですか?

僕が牛削蹄師になりたての頃、牛が暴れたので足をもつ単独保定という方法ではなく、枠場に牛を入れて固定しながら削蹄を行ったことがありました。 そのとき昔からつきあいのある牧場主さんに「先代たちは枠場をつかってなかったぞ」と言われて気がついたのが、先代から引き継いだ技術とお客さんとの信頼関係は、きちんと受け続かなくてはいけないということでした。 それからは絶対に枠場は使っていません。枠場や電気削蹄機を使うと牛にストレスを与えることがあるので、久津間装蹄所では昔ながらの単独保定で、ナタやカマの刃物を使い削蹄をしています。 歴史があり、信頼関係でつながっている仕事だからこそ、なによりも絶対的な技術へのこだわりを大切にしています。

学ぶことから、伝えていくこと。

ー 牛削蹄師のお仕事をしていて、もっとも大きな転機を感じたのはいつでしょうか?

2006年第49回牛削蹄競技大会で優勝したことです。削蹄の仕事をしてからちょうど10年目でした。僕たちは営業など一切せず、お客さんのクチコミだけで繋がっている仕事なので、誠実な仕事をして技術を上げていくことが何よりも大切だと考えていました。 大切な牛を久津間装蹄所に削蹄してもらいたいと言ってくれた酪農・畜産家のお客さんに、賞を取ったことでやっと恩返しが出来きたと思えたんです。今は技術力のある牛削蹄師を増やし、個人差のない安定した作業をしなくてはいけないと思い、自分が得た技術を次の世代へ伝えていくことを考えるようになりました。 父親は細かく指導するタイプではなかったので自分は必死に見て覚え、怒鳴られながら牛削蹄師になったけど、自分は自分なりの方法で伝えていくことを考えたんです。

信頼を裏切らない技術力

ー 牛削蹄師を指導して、どのような人がむいていると思いますか?

お客さんの牛を扱うので教えるのは難しいです。本当は自分で削蹄したほうが安心で作業は早いけれど、それでは新しい牛削蹄師は育たないですからね。削蹄させる前段階である、牛の生態や状態をよく学ばせた後、削蹄させています。 ただし、大切な牛を託してくれている牧場主さんからの信頼を裏切らないように、指導は厳しいです。営業や接客などマニュアルのある仕事とは違い、しゃべることよりも技術のみで評価されるが削蹄師の仕事です。 牧場主さんに対しての礼儀はもちろんだけど、牛に対してもしっかり接することが出来る人でないとだめだと思います。牛はしゃべらないので、きちんと報告しないと取り返しのつかない失敗になることがあるし、生き物が相手なので、生態・行動パターンをきちんと理解してあげないと虐待しているようにしか見えないときがあるんです。 牛だっていやな時はいやだし、タイミングだってあるし、そんな所じゃバランス取れないと、感じていることもあります。言葉がない分、態度で示しているのを感じとってあげられることが出来る人がむいていると思います。なによりも牛のことが好きであってほしいです。 今いるスタッフは牛削蹄師になりたくて働いている人たちばかりなので、仕事に取り組む姿勢は真剣です。お客さんの大切な牛の削蹄をさせてもらっているので、練習させているとは思っていません。牛一頭一頭にきちんと向き合わせて、削蹄をさせ技術をつけさせています。

ー 削蹄というお仕事での達成感、満足感はどんな時ですか?

牛の買い主であるお客さんに、動きが良くなった、元気になった、立ち姿が変わったと言ってもらえた時ですね。きちんとした技術をもって削蹄をおこない、牛の健康状態が良くなってこそ削蹄の仕事だと思っています。 地元江別の畜産のほとんどの牛を頼まれるようになったのは、枠場を使わず削蹄出来ることが認められているからだと思います。肉牛は気性が荒く危ないけど、昔からのやり方を変えずに得た信頼関係を大切にしているからこそです。 営業はしないでクチコミで広がることが、自分たちの仕事への評価だと考えています。酪農・畜産家の人たちにとっては大切な牛の健康状態を左右する削蹄なので、信頼関係がなければ頼みませんよね。牛はしゃべらないけど正直です。 信頼関係から継続的に依頼されるのは何よりもありがたいです。今後はもっと業績を積み上げて、クチコミでもっと広めたいし、それが一番の宣伝だと思っています。逆に一度評価が下がるとあっという間に広がるのがこの業界なので、信頼を裏切らないような技術を持ち続けることを大切にしています。

はたらきっぷ=優勝

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

牛削蹄師になってから10年目の優勝。牛削蹄競技会は筆記と実技があり、技術だけではなく、牛の生態をきちんと理解できているかを問われる大会です。今まで自分を信頼して、大切な牛を託してくれた酪農・畜産家さんたちにやっと恩返しができたとおもえた瞬間でした。

ー 今後の将来像として、久津間さんが目指している姿はどのようなものでしょうか?

削蹄の技術者を増やしていくことです。昨年の牛削蹄競技大会ではスタッフの一人が北海道で3位になり、全道大会へ出場することができました。これからも昔からの方法で削蹄の技術力をあげていくように、牛削蹄師の育成に取り組んでいきたいです。 そして技術力を高めることによって、もっとお客さんとの信頼関係を厚くしていきたいです。牛の状態や環境によりますが、削蹄を行うのは年に2,3回です。継続して削蹄し続けていくうちに、「久津間さんにお願いしてから牛の調子がすごくいいよ」と言われるのは本当に嬉しいです。 祖父の代からある久津間装蹄所とお客さんとの信頼関係を大切にするために、昔からの技術を継続し、磨き上げていくことが大切だと思っています。
有限会社 久津間装蹄所
3代目牛削蹄師   久津間正登
住所   江別市野幌代々木町41番地10
TEL   011-382-3761
FAX   011-383-7157
URL   http://www.kuzuma-1949.com/