中高生時代を札幌で過ごし、大学は留年しながら7年かけ北見工大を卒業。その後、IT企業のプログラマーとして就職するが会社が合わず2年で退社。人との関わりを求めて営業職を希望し4年半ほど仏具屋に勤め、独立し今に至る。最近では北海道の素材をつかったシラカバ念珠が注目され、雑誌などにも取り上げられている。

今日明日のためだけには働かない営業スタイル

ー どのような業務をされていますか?

主にお寺さんをお客さんとする念珠の作製、修理、販売です。ほかにも仏壇・仏具・御香・掛け軸などの販売や、お寺で発行される印刷物の作成、念珠づくりの講習会なども行っています。お寺さん経由で一般の方、檀家さんを紹介してもらうこともあります。念珠づくりの講習会はお寺の婦人会でよばれたり、イオンの中に入っているカルチャースクールで月1回定期的に開催しています。農家さんの奥さんがあつまる「婦人学級」では、念珠とお香の教室を行うこともあります。趣味で音楽やカメラ、ゴルフ、バイクをやっているのですが、オタク気質と凝り性なのがこうじて、お寺のイベントのカメラ撮影や、法要で楽器の演奏を頼まれることもあります。寺院に出入りしている他の仏具店と違い、普段の法要に積極的にお参りして、お寺にも地元の檀家さんたちにも関わられるような顔の見える商売をしています。

ー 長岡念珠店をはじめたきっかけはなんでしょうか?

以前はIT企業でシステムエンジニアをやっていましたが、朝から晩までパソコンに向かっているのが得意ではありませんでした。また、隣の席の上司からメールで連絡がくるのが、どうしても希薄な人づきあいに感じ、自分には合わないと思い辞めました。退社した後は、どの業界に行こうかというよりは人と話せる”営業”という仕事がしたかったんです。車のディーラーや電気屋などの営業職を探していたのですが、たまたま職安でみつけた営業の求人が、寺院仏具の改修工事などを主に行う仏具会社でした。正直、その時は仏具屋にこだわりはありませんでした。実際営業マンとして働いてみて、直接お客さんと接することは楽しかったけれど、会社の中の営業マンだと思うと、今月これだけ売らなくてはいけないというノルマに違和感がありました。会社目線で考えるとその日一日行動した結果を求めますよね。でも、僕の考えはその一日分がすぐ売上に繋がるってことにはならなかったんです。業界全体が縮小してきていたので会社からのあたりも厳しくなり、耐えられなくなり辞めたのが2009年です。辞めた後はなかなか就職が決まらず、仕事を探しながら前の会社でお世話になっていたお寺さんに挨拶まわりをしていました。そのうちに、力をかしてあげるから自分でやってみなよとお寺さんが言ってくれたんです。開業の第一関門である、仕入先と売り先を、それまでの人脈が支えてくれました。一念発起してやり始めたというよりは成り行きで始まりました。それでも今考えてみると、会社員時代に付き合ってくれていたお寺さんは100%今のお客さんになってくれています。それは、僕がこれまで目先の商売をしていなかったからだと思います。お寺さんをお客さんとしてではなく、ひとりの人として同じ目線で付き合っていたのがよかったんだと思います。お寺なので一緒に法話や説教を聞き、一緒にお経をあげることを僕はすごく大事にしたんです。新しい商品のカタログを持って行ったり、売り込みで熱心にあいさつ回りする人は昔から多いけど、僕は法要があれば時間を合わせて行ったりしていました。楽器が得意なので法要の余興で休憩時間にちょっと演奏させてもらったり。それらは、ほとんどの仏具屋の人がやっていませんでした。会社的にはすぐ利益になるような営業はしていなかったので、よくなかったかもしれない。でもお客さんみんなが口をそろえて言ってくれるのは、会社に頼んでいたのではなくて、長岡君に頼んでいたんだよと。人とのつきあいを大切にしたいという気持ちで接していたからこそ、今の仕事が出来ているのだと思います。

凝り性から身についた技術

ー お仕事をされていて、大きな転機を感じたのはいつでしょうか?

前の会社を辞めた後次の仕事が決まらず生活に困っていた時、日雇いのアルバイトで近所の農家さんにお世話になっていました。今はお金のためではなく、時々お手伝いのアルバイトをしています。でも僕はアルバイトをしているという気持ちではなく、自分の時間を売っているという感覚です。使ってもらって給料をもらうのではなく、自分の時間を売っているということは、農家さんは雇用主ではなくてお客さんです。僕の時間を買っているお客さんだと思っています。そうなると自分の仕事の仕方や向き合い方を考え、念珠の商品と同じようにある程度のレベルじゃなければ売れない、もっと良いものを売りたい、という思いでやりますよね。会社員のときはこんなふうに思わなかったので、辞めて独立して気持ちが変わりました。経営者と従業員ではえらい違いです。自分ひとりで会社をやると、どんな商品を出したのかで評価されるじゃないですか。一番解りやすいのはお金での評価です。商品への評価が悪いと結果的に、家族がお腹をすかしてしまう事態になるので、甘いことは言えないと必然的に思うようになりました。会社員のときに比べ、今働いている時間は倍以上だと思います。でも、もし前の会社に席あるから帰っておいでといわれても絶対に帰らないですね。それは社長が嫌いとかではなく、どんなにいい環境でいい会社に迎えますと誘われても行けないです。人とのつながりができている今の仕事を、変える気持ちは全くありません。導かれるように今の仕事をしていると思っています。

北海道産の念珠へのこだわり

ー 念珠を作り始めたきっかけや苦労したことはなんでしょうか?

会社員としての営業時代、お寺の人に念珠の修理を頼まれては持って帰り業者へ修理にだしていました。でもそんなちょっとしたことで時間もお金もかかるなら、自分で直せないかなと思ったんです。最初の半年くらいは試行錯誤。一本直すのに2,3時間かかったりして、どーしよ、ばらしちゃったけど、、、っていうのもありました。わかっていれば簡単に直せるけど、念珠を直す技術全てを教えてくれる人はいなかったんです。仏具の業界はわりと閉鎖的なところがあります。数珠の製造組合がある京都の体質なのか、意図的なのか、外部にもらしたがらないらしく組合で隠しているようです。そんなことぐらいっていうのも教えてくれなかったこともあります。いまだにそうで、前の会社でも教えてはくれませんでした。営業なので、そんな暇があったら仕入れたものを高く売ってこいという感じでしたから。念珠の作製・修理に関しては独学です。ばらして自己流。僕は知っていることはバンバン教えちゃうので、今となっては京都の業者が逆に材料をもってくることがあります。組合に頼んだら断られて、教えてくれないので房のつけ方とか聞きに来ることもあるんです。
オタク気質でとことんこだわる性格だったのがよかったと思います。今なら30分ほどで直せちゃいますね。やり方がわかるまでは大変でしたが、わかれば簡単です。そして今は北海道だからこそと考えて、白樺で念珠を作り始めました。仏具業界はなんといっても京都ブランドが強いんです。それなら逆に、北海道に来ないと手に入らない念珠を作りたいと思い、試行錯誤したのが白樺念珠です。正直、木材としては念珠に適しているわけではないけど、北海道の土地でできたものを広めたいと思い、北海道の素材という部分にこだわってみました。白樺以外にも、エゾシカやトナカイの角、陶器など、いろいろな材料を試しました。中国まで業者を探し試したものもあったのですが、手間とコストを考えると採算がとれなかったり、加工が困難だったりと上手くいきませんでした。しかし白樺木材を試すと比較的すんなり商品になりました。本当は木材の加工から仕上げまで全ての作業を北海道で行いたかったんですが、丸太をきって珠にするための加工業者が北海道にはいなかったので、京都の業者に厚岸の白樺木材をおくって、珠にしてもらい送り返してもらっています。節が多いので家具には使いづらいそうですが、念珠にとっては味がでるので気に入ってます。なんといっても京都ブランドに負けない、北海道らしい素材です。今までになかった素材を使うことで、念珠に興味がなかった人が買ってくれたり、北海道の白樺を知らない本州の人が買ってくれたりして、新たなご縁となることがとても嬉しいです。今は生産も営業もやってたいへんだけど、なによりもやりがいがあります。物を売るだけの仕事はしたくない。僕は人づきあいとものづくりが好きなんです。

はたらきっぷ=信念

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

仏具店を辞めて独立した時に、自分の時間は売っていると考えるようになりました。ただし、大きなことをやろうというよりは、毎日の暮らしを送らせていただくために、できる仕事を一生懸命やるだけ。「情けは人のためならず」というのは、「人のためにならないから情けをかけない方がいい」という意味ではなく、本当は「人のために何かしてあげること、やっていることは結局自分のためになっている」という意味。目先の利益を考えるだけではなくって、長い目でみた仕事をしていきたいです。

ー 今後の将来像として、長岡さんが目指している姿はどのようなものですか?

ただ念珠・仏具を売るだけではなく、お寺の相談役のような存在になっていきたいです。今の時代、お寺も必死です。お寺も檀家さんも世代交代できないし、お寺に来ることがない人たちがほとんどですからね。僕たち30代の人たちですら、お寺で何をやっているかわからないじゃないですか。説教、法話とかけっこう面白いんですよ。宗教どうこうというよりは、いろんな宗派をしってほしい。じいちゃん、ばあちゃんとのお付き合いはもちろん大切だけど、これからはもっと若い人にも「お寺」に興味をもってもらえるきっかけをつくっていきたいです。最近考えているのは、ミシュランガイドみたいな、お寺参りガイドをつくりたいですね。星はつけることはないけど、もっと気軽に寄ってもらえる場所だと知ってもらって、お寺をもっと身近に感じてもらいたい。親や身近な人が亡くなった時に、はじめて会うお坊さんを呼ぶのではなくて、普段からつながりができているお寺のお坊さんを呼んでもらいたいです。30代40代のお坊さんはこのままだとお寺で食っていけないという、危機感をもっています。そんなお寺さんから、長岡念珠店に相談すればなにかアイディアをだしてくれると思ってもらいたいですね。実は長岡念珠店という名前でお店をつくりましたが、念珠の販売だけをしたかったわけではなかったんです。これだけお寺の世界でお世話になっていたので、お寺に関わっていく道しかないと思い、なんでも屋さんになりたいと考えていました。それに北海道では念珠専門店がなかったので、専門店としたほうが分かりやすく受け入れやすいのではないかと思い、自分の名字とあわせて長岡念珠店と店名をつけました。それは、僕自身が最初から大きな仕事をとろうと思っていなくて、念珠をひとつのきっかけとして、たくさんの人たちがお寺にくるような仕事をしていきたいからです。単に「便利な念珠屋さん」ではなく、ソリューションパートナーとしてお寺を存続させるには、この人の力が必要だと思ってもらえるような存在になりたいと思ってます。
長岡念珠店
店主   長岡慶一郎
住所   江別市ゆめみ野東町44-5
TEL/FAX   011-389-6772
携帯電話   090-1305-4148
URL   http://nagaokanenju.com
MAIL   shop@nagaokanenju.com