昭和36年江別生まれ。北海学園大学卒業後、実家である農場で働く。3年前に父が他界し、現在は4代目農主として農場を経営。大学在学中に家業の手伝いと雑誌社でアルバイトし、部活の柔道では全道大会で優勝する。農業以外の世界を見ていたこともあり、今でも異業種の人たちとの交流を大切にしている。現在は江別和牛生産改良組合長として農業を通じ、工業など他の産業と協力しながら地元江別を盛り上げようと活動中。

きっかけは一口5千円の高級牛との出会い

ー 松下さんのお仕事はどのような内容ですか?

僕は農業と言っていますが、小麦や牧草の畑作をやりながら
「えぞ但馬牛(たじまうし)」という和牛を飼育しているので
複合農業とういうのが正式な呼び方です。
但馬牛というのは兵庫県の但馬地域に受け継がれる黒毛和種で、上質な牛だけが認められています。
兵庫県以外で唯一「但馬牛」と名乗ることを許されているのが江別で育てている「えぞ但馬牛」。
松下農場では親牛が約100頭。生後9か月から10か月で売る素牛(もとうし)と、
そこからさらに20か月間食肉用として太らせて出荷する肥育牛がいます。
出産から販売までをおこなう一貫肥育にこだわっているのが特徴です。
出産は和牛全て人口授精なので、親牛を買うために兵庫県、岐阜県、鹿児島県に
足を運び自分の目で本物の牛を見て判断しています。
子牛を生ませてから肥育が終わるまで約3年かかるので、
常に3年後を考えながら仕事をしています。
そのころどんな経済になって、どんな需要があるか見極めることが大切です。

ー 家業を継ごうと思ったきっかけはなんですか?

学生のころから農業は手伝っていたけど、継ぐという意識は全然ありませんでした。
大学1・2年生のうちに必要な単位をほとんど取り、
3・4年生の時には家業の手伝いと雑誌社でアルバイトをしながら
部活の柔道をしていて、勉強は全くしていませんでした。
でも柔道の全道大会で優勝して、就職活動をしなくてもホテルの企画部に入ってほしいとか、
他にも学校、警察、雑誌社から就職のオファーがたくさんあったんです。
やっぱり優勝ってすごいんだ!と、一番になることの重みをその時に感じました。
それでも卒業後は自然と地元に戻って来ちゃった感じですね。
農家をやると言ったわけでもないし、なんとなくです。
そのときは牛が好きとか嫌いとかいう気持ではなかったのが正直なところ。
他の人みたく何か決意があったわけではなかったです。
そんな中でもこの仕事にのめり込んだきっかけは、
研修で訪れた淡路島で1キロ10万円の但馬牛を食べた時の悔しさからです。
「なんで10万なの?なんで刺しが入ったら高いの?」
専門的な知識がなかったので、なぜ?なぜ?と疑問ばっかりでした。
3口食べて1万5千円を払ったのがきっかけで但馬牛の勉強を必死で始めました。
食べて、覚えて、徐々にのめり込んでいったと思います。
最初は自分が育てた牛を食べることができなかったけど、
牛飼いの先輩に美味しく食べてやるとこまでが自分たちの仕事だと教えられました。

別世界をみて思うことを、取り入れる

ー お仕事をされていて影響をうけた出来事はなんですか?

20〜30代の頃にいろいろな農業研修でたくさんの世界を見て、
いろいろな人たちに出会えたことです。
特に30代になってからの海外研修。
ベルギー、オランダ、デンマーク、イスラエル、イギリスを訪問しました。
自分とは違う種類の農業者や異業種の人たちと研修で出会える機会が多かったです。
例えばお花農家の人と、世界一の市場であるオランダや
世界最大のハウスがあるベルギーを訪れました。
違うジャンルの世界を見て話を聞き、仲間ができたことで自分のレベルを客観的に見ることができ、
もっともっと頑張らなくてはいけないと考えさせられました。
ずっとこの地域だけにいると煮つまって、
考え方も自分の行動範囲もかたよってしまっていたと思うしね。
世界の生活習慣とか経済業況を知って、そこにどうやって対応すべきか、
江別ならどうするかを考えるようなったんです。
それに、世界を見て改めて地元江別の環境の良さに気づいたと思います。

ー お仕事をされていて、大きな転機はなんですか?

日本のお米がなくなるかもしれないと騒がれ、
海外米を輸入する流れになった、平成5年の大冷害の時ですね。
その年は輸入米42万トンが残ってしまい、東京の倉庫にお金をかけて保存していたんです。
そのころから米、食糧の備蓄に対しての考えが軽はずみになってきたと思う。
農業に対する意識のレベルの低さを感じますね。
「なくなれば外国から買えばいい」「簡単に手に入る」と思っているが、
もし、日本の備蓄がゼロになり、何らかの状況で輸入がストップした時は
食糧の在庫は90日でなくなってしまうのです。
日本の自給率は北朝鮮と同じで、そういう数字をメディアは報道していない。
食糧は作ればすぐに食べられると思っている人が多くないですか?
でもそうではないんです。もし別の国が買い占めてしまったら終わりです。
自分の国で備蓄しない農業は農業ではないと、その時代から僕は言い続けてます。
そこで大切なのは農協青年部だと思っています。
若い人たちはそういった現実に向き合っていいと思う。
常に勉強が必要。農協がどうにかしてくれると他人事のように思っていてはだめ。
このままだと農協の経営が悪くなれば、
自分たちの作ったものもだめになってしまうという事を、
もっと理解して勉強すべきだと考えています。

外国でのポジティブな農業を知って

ー 仕事で心掛けていることはありますか?

余裕をもちながら仕事をしたいと思っています。
一人で動ける範囲や仕事は限られている。
あわてるといつもしないようなミスをしてしまったり、
せっぱつまるといいことがないですしね。
今は江別和牛生産改良組合長として、他の生産者を仕切るのも大切な仕事です。
選ばれたからには楽しもうと思っています。
組合長とはいえ、自分の仕事ももちろんあります。
うちは従業員が頑張ってくれているので、外に目を向けて出歩けるけど、
スタッフが悪いとすべて自分で仕事をしなくちゃいけない。
そうなると自分はテンパるし、つまるし、余裕のない農家になってしまう。
僕が外国で見た優雅な農業とは違うと思う。
経営的には厳しいけど、気持ちに余裕をもってやっていかなくてはいけない。
そんな考え方を植えつけられました。

ー 日本と外国の農業の違いはなんだと思いますか?

先行投資についての考え方だと思います。例えば、牛舎への先行投資。
一般の江別の平均は一軒あたり親牛で20頭ぐらいのところ、うちは今100頭。
牛舎の規模拡大のために借金もしましたが、おやじの代の時は30頭しかいなかった牛が、
わずか5年で3倍強の100頭になりました。
それまでの牛舎の規模なら絶対に成り立たないので、拡大するしかないと決断したんです。
日本ではお金を借りるのを嫌がる人が多いけど、
伸ばすときには先行投資が絶対に必要だと外国の農家さんが教えてくれました。
外国の農家はハウスを建てるために5、6千万円借りることに抵抗がないんです。
経済物価が違うので、日本でいったら2、3億円です。
回収できるのか聞くと「そりゃ回収できるよ!2、3年で回収するつもりじゃないからね。
自分の子供の代に資産として残るのであれば、問題はないでしょう。」と、
余裕の返事だったんです。
借金ではなく資産を残しているという考え方が日本と大きく違うと思いました。
そんなポジティブな経営方針、考え方は外国で教えてもらったと思う。
日本では個人だから借金したら厳しいという話しか聞かないけど、
法人として先行投資して規模拡大をしたらいいじゃないという発想にならない人たちがほとんど。
農家っていうのはもともと経営者でしょ。
経営者だったら規模拡大できるチャンスがあるんだったらやるべきだと思っています。

若い世代へ伝えたい意識改革

ー 松下さんのお仕事での経験を若い世代の農家さんにどのように伝えていますか?

農家は雇われているのではなくて、経営していることを自覚してほしいので
「おまえはここの社長。成功者や経験者から知識をもらって、規模拡大したらいい。
そしてそのためにはお金を借りるための信用がなくてはいけない。
お金を借りるのも能力だから、農協や銀行に信用してもらって
規模拡大を目指すべき。」と若い農家に言っています。
ただ貸してほしいでは貸してくれない。
ちゃんとした企業として、経営者としてのプロデュース、計画性が必要なんです。
そんな話を若い世代の農家に話すとほわぁーとして、はてなマークがいっぱい出ていますね。
まだ経営者としては勉強中だから、経営とは何か理解していないのでしょう。
でも30代半ばになるやつらからはよく連絡がきて、
「質問していいですか」などの反応が戻ってくるのは嬉しいです。
美味しいお酒のんで、美味しい肉食べて幸せと思いたい。
それは自分だけではなく仲間も幸せでないと美味しくないでしょう。
だからだれかが変な牛をつくっていたら、それはまずいときちんと伝えているし
僕も言われたいと思っています。同じ立場で対等に話せる。
そういう環境をつくることが大切なんです。

ー これからの松下さんのお仕事での将来像はどのようなものでしょうか?

えぞ但馬牛は一頭売で高級牛のため、
ほとんどが素牛(もとうし)の段階で市場を通して本州などに出荷してしまいます。
でも、地元でも食べてもらいたいと思い、
10年以上前から年4、5回は僕たち生産者が地元のスーパーで直接販売を行っています。
子供たちの食育にも力をいれています。一番伝えたいのは本物の味。
直接子供たちに生産者として和牛の話をして、
地元の食材を使い本物の味を知ってもらっています。
今後も続けていきたいです。
昨年から数件の農家と「エヴェツの楽しい仲間たち」と称して
野菜・米を産直販売させてもらっています。
本業からはずれているかもしれないけど、
農業の素晴らしさや面白さってまだまだ発展すると思います。
以前訪れたレンガの町ベルギーでは、工芸家が多く農業が盛んな国で、
なんとなく江別と環境が似ていたんです。
ビールの種類が多いベルギーでは、新しい種類のビールを作ると同時にビール会社が
工芸家にオリジナルのグラスを注文する習慣があるんです。
ビールが一種類増えればグラスも増えて、
工芸家も地元の循環で物を作らせてもらっていたんです。
そういうのっていいよね。
江別でこれから農業と工業を融合させていくには、
いろんな人たちの理解とジョイントは不可欠だと思っています。

はたらきっぷ=孔子の論語

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

「豊かな財産は家を立派にするが、
豊かな徳はその人を立派にする。
心に恥ずべきことなければ、心は広く寛容で安らかである。」
つまり、体が徳に潤される結果です。
内面で誠実にしておれば、外にも表れるということです。
また、富が仲間をつくり、仲間が富を生み、
共存共栄の自然体を意味します。
ともに働き、頑張って、笑って、酒飲んでという
意味合いだと思っています。
みんなで努力して、一年の最後にみんなで美味しいお酒を飲む。
感謝、感謝、人に生まれてきて感謝することを思う論語です。
松下農場
代表取締役   松下博樹
住所   江別市八幡93-2
TEL/FAX   011-384-6436
URL   http://www.ja-dowoh.com