小学校から高校までを恵庭で過ごし、その後は札幌や東京で音楽関係や情報通信の会社へ就職。インドなどのさまざまな国を巡った旅行好き。 現在は幼いころ過ごした恵庭市に戻り、地域FMラジオ局e-niwaの編集プロデューサーとして、パーソナリティーから編成までラジオ放送業の全体を運営。地域FMだからこそできる役割を大切に考え、まちの人たちと企業を繋げていくラジオづくりに取り組んでいる。

地域FMならではのラジオ番組づくり

ー e-niwaではどのようなお仕事をされていますか?

地域ラジオ局という名前の通り、恵庭市の情報を中心に発信しているコミュニティFMラジオ局です。 ラジオの特徴の一つに、お客さんというのが2種類あります。番組を聞いてくれるリスナーと、支援・協賛をして頂くスポンサーです。 ですので、大きく分けると番組の制作と営業という2つの仕事があります。僕自身は両方をやっているのですが、それに加え人事などの総務関係や、番組編成の仕事を主に行っています。 スタッフ4名とボランティアで協力してくれているサポータースタッフ6名ほどの少人数で活動しているので、担当分けはしているのですが全員で営業から番組企画を立てることもあります。

ー 今のお仕事をされて、もっとも大きな転機を感じたのはいつごろでしょうか?

東京で情報通信関係の仕事をしていた時に、現在の会社の役員の方にラジオ放送局の運営管理をなんとかして立て直してほしいと声をかけられ、約10年ぶりに地元に戻ってきました。 以前はFMパンプキンという名称で地域FMを運営していたのですが、僕が戻ってから半年もしないうちにスタジオでもある事務所が火災で全焼し、放送はもちろんラジオ局自体の継続が難しくなったことがあったんです。 高校を卒業してすぐに恵庭を離れていたせいか、当時の僕には恵庭やラジオ局に大きな思い入れはなく、もとから赤字経営だったのに加え放送機材やスタジオが火災でなくなり、再開は難しいでのではないかと半ば諦めていました。 でもそれまで関わっていた100名以上の地元のボランティアさんやスポンサー企業のみなさんから、なんとか恵庭にラジオ局を残してほしいという声をたくさん聞きました。 地域FMとはまちの人たちが気軽に参加でき、マイクの前に立てて話したいことを伝えることができる「街の回覧板」だったということに地元のみなさんが気づき、改めて必要としてくれたのだと思います。 新聞やテレビには載らない、地元の出来事がラジオの電波からきちんとまちの人たちに届いていたんです。そんな思いを知っていくうちに、やるしかないという決意に変わったのがこの仕事に対しての転機でした。

地元の人に支えられた再スタート

ー ラジオ局再開の苦労をどのように乗り越えましたか?

地元の人たちはもちろん、さまざまな人たちからのアドバイスを頂きました。 まずは新しいスタジオ探しです。建物もなかったのでどのようにスタジオをつくるかなど、地元の建築会社さんに新しい場所を相談したり、役員、株主、ボランティアさんなど、とにかく色々な人に話を聞きに行き、再開へむけて動き出したんです。 行政にもアドバイスをもらい、恵庭の道の駅に放送スタジオを設置することができました。道の駅は国交省の管轄で、建物自体は恵庭市の管理だったため、営利目的の民間企業が道の駅に入るのはとても大変なことだったんです。 地元の人に行政の担当者を紹介してもらい、何度も説明しに行きました。公共性の高い地域FMラジオのスタジオを人の集まる道の駅に設置する必要性を伝えたんです。 他にも全道各地にある地域FM局を10局以上まわり、どのように運営すべきかの相談をしたり、放送機材をあつかっている業者を教えてもらったりと、さまざまなノウハウを学び再開を進めていきました。 スタジオや放送機材の確保、資金集めなどを乗り越え、放送休止期限の直前である2010年1月28日に新たな名称「e-niwa(イーニワ)」で再開することができました。さまざまな人とのつながりがあったからこそ、地域FMラジオ局の再開に繋がったのだと思っています。

ー 地域FMを恵庭に残すことができ、大きな達成感や満足感があったのではないでしょうか?

正直、株式会社である以上利益を考えるとまだまだ達成感・満足感は得られていないです。
でもそれ以外では、番組やイベントを続けているとリスナーの人たちから、まちで直接声をかけてもらうようになったのは嬉しいです。 スーパーなどでも普通に声をかけられるようになりました。いい意見だけではなく、きびしい意見を言われることもありますが、もっとこんな番組があった方がいいとか、前向きな意見を言ってくれるのは本当にありがたいです。 ラジオを運営することで色々な人との出会いが多くなりました。この仕事をしていないと一生関わらないような、特殊な仕事や趣味をもっている人とも出会えました。 番組に関してはもっと改善するべきことは多くあると思いますが、再開したての地域FMを地元全体が優しい目でゆっくりと応援してくれているのだと思います。だからこそ、現状に満足しないでもっと地元の為の質のよい番組を作っていきたいと考えています。

地域FMの存在意義を考えて

ー 三浦さんにとっての仕事へのこだわるポイントとはなんですか?

地元恵庭の情報をより多く集積して発信することです。そしてただ発信するだけではなく、その情報の中にはまちの課題などもでてくるので、企画し番組にすることで解決策を考えていくことなどが重要なんです。 例えば、恵庭といえばガーデニングをまちの特徴のひとつとあげているのですが、興味のないひとや特に若い人たちが移住してくる時に、近所がやっているのでやらなくてはいけないと思い、住みづらいという人の意見がありました。 そうした時に、恵庭でガーデニングが本来なんの為にあるべきなのかを、ラジオの媒体を通じて地域の人に話してもらうことにより、話をする側と聞くが側の意見を交換することができたんです。 すぐに解決する訳ではないけど、問題にお互いに気付き合うことが大切なので、これからはもっと身近な課題を解決できるツールになっていきたいと考えています。 まちで声をかけられて意見を聞いたり、ボランティアのサポートスタッフさんの数を増やすことで、地元の人それぞれがもっている身近で質の高い情報を収集することができます。 みなさんにラジオ媒体というツールを活用してもらえればと思っています。そこまでできてはじめて、本来の地域FMの存在意義があるので、まだまだこれからですね。

ー 地域FMで働く人はどのような人が向いていますか?

ラジオが好きな人。それと逆になるかもしれないけど人が好きな人というのも大切です。特に地域FMは地元に根付いていなくてはいけないので、番組をつくるにしても、営業や取材をするにしても人との関わりを大切にできて、人とのつながりが好きな人が向いていると思います。 どこにでも顔をだしたり、子供と話したり、お年寄りに会いに行ったりなど、本当に色々な人とつながりますよ。 それからどの仕事にもいえると思いますが、何に対してもアンテナをはり、気づくことができる人が向いていると思います。それができればどの仕事にも必要な企画力が身に付きますよね。逆にいうと固定観念、決めつけることがない人がいいと思います。

はたらきっぷ=本

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

少年が宝物をみつけるために、途中いろいろな人たちに出会い成長しながら旅を続けるが、本当に大切なものは近くにあったことに気づくという内容です。人との出会いや繋がりの大切さ、夢をあきらめないという少年の姿が、今の仕事への取り組み方を考えさせられることがあります。中学生の頃初めて読み、今でも何度か読み返します。

ー 今後の将来像として、三浦さんが目指している姿はどのようなものですか?

例えば企業・スポンサーとのコラボで行うイベント開催などです。スポンサーといってもお金が余っているから出資するという、ラジオ局が支援してもらうだけの形ではなく、逆に企業側が求めることに取り組めるように放送の媒体を通じてイベント開催や商品開発などを行い、企業側にもきちんとした利益を生み出すような仕組みを作りたいです。 その対価としてのスポンサー料、広告料を頂けるようになれば継続的なつながりができるのだと思います。今はまだ自主作成の番組が少ないので、今後はもっと市民が参加できる仕組みをつくり、さまざまな情報を持っている人たちにどんどん参加してほしいと考えています。 そして、まちの人と企業を繋げるツールとしての地域FMラジオを目指していきたいです。今よりもっと恵庭の情報が集まり発信して、まちの課題の解決やまちの動きが変わるようにしたいです。
e-niwa FM 77.8Mhz
編成プロデューサー   三浦真吾
住所   恵庭市島松町1丁目28-10
TEL   0123-37-7778
FAX   0123-25-3578
URL   http://www.e-niwa.tv
Mail   info@e-niwa.tv