三好康裕さんは三好商会二代目として社長業を行う。父親である初代の意志を受け継ぎ、文具業界の変化を感じながらもまちの文房具屋さんとしての精神、人との出会いを大切に企業としての成長を日々考えている。

野家真一さんは高校時代までを札幌で過ごし、北見工業大学にて電気工学を学びながら、様々な国の人たちとボラン ティア活動に取り組む。卒業後、鉄道会社に就職したのちベンチャー企業を立ち上げ、株式会社三好商会へ入社。会社のこれからの成長を考え、自分のもつ知識をどのように仕事に活用できるかを考えている。

対話から生まれる新しい仕事

ー お仕事はどういったことをされているのですか?

オフィスの課題解決をしています。文房具、オフィス家具、椅子、机、収納棚、ネットワーク、パソコン、サーバー、システムの提案など、仕事をするスペースの中で起きうる問題についての解決です。創業時の55年前は文房具が中心でした。仕事の内容は時代と共に変化しているのですが、お客様のところへ伺うと、「オフィス家具はどうすればいいかな?」「パソコンって取り扱っているの?」 今だと「クラウドってなに?」「オフィス内の防災対策がしたい。」という相談を受けます。お客様の問いかけによって今のカタチがつくられていますね。また、大通西18丁目に本社があるのですが、1階のお店は創業の精神が詰まっているまちの文房具屋さんです。インターネットが普及した今、リアルな文具・事務用品の専門店として、お店のスタッフも丁寧に商品の説明をしてくれる場です。

ー 今の仕事についたきっかけは何ですか?

三好社長
事務用品屋さんに生まれ育ち、5歳くらいから『この場所で働くのかな。』という意識を持っていました。文具は好き嫌いというよりも生活の一部でした。今ではなかなか聞きませんが、学生を終えると丁稚奉公で東京へ同じ様な形態の事務用品屋へ就職し、28歳に札幌の三好商会に帰ってきました。

野家さん
社会人スタートは鉄道会社でした。しかも最初の勤務先は青函トンネルで、その後北海道内を4カ所移動しました。勤めているときは『北海道に鉄道はいらないかもしれない。』といった危機感を持って働いていました。そうでなければ現状維持にしか留まらず、企業として成長しないと考えていたからです。その後、大企業の風土、時間の使い方が自分と合わないと感じていた時に、 ベンチャーブームが起こりました。30歳だった自分は学生時代に電気工学を学んでいたこともあったせいか、パソコンを使った事業に声をかけられました。仲間4人でアメリカと日本に会社をつくり、アメリカのものを日本に輸入してインターネット上で販売する事業を行いました。今ではインターネットでの販売も当たり前になりましたが、当時は楽天の三木谷氏が説明会におこしになるほど早い時期にこの事業に取りかかりました。ただ、通販は流通の関係で北海道は不利なのです。お客様の多くは東京、大阪、福岡が多かったので、輸送コストがかかってしまうこともあり、会社を関東に移すという話しがあがりました。その時に、お客様のおひとりだった、三好社長が札幌の事務所に直接買い物をしに来られており、その出会いをきっかけに三好商会に入社しました。

三好社長
当時札幌の事務所には、野家さんの他に3人のメンバーがいました。黙々と仕事をしていた野家さんとは話しをする機会もそれほど無かったのですが、パソコン、インターネットのスペシャリストとして会社に入社してくれれば、三好商会の成長に繋がるのではないかと思い声をかけました。

野家さん
関東に出る気持ちが無かった僕は、札幌に残ろうと思っていたので、偶然にも社長に声をかけてもらい、タイミングが合ったと思いすぐに結論を出しました。

ー お仕事の達成感はどんなことで感じますか?

野家さん
取り扱い商品を通して、お客様自身の仕事の手助けになること。社員のみんながそこでいい仕事をするということがとても嬉しいです。また、自分たちの仕事に伸びしろがあるということを意識しながら仕事をする。やれていないことや改善点があるということですが、うまくいっていないことがたくさんあればあるほど、全部伸びしろに変えることができますよね。その目標を持ちながら、常に新しい伸びしろを探していくことで、会社としてもどんどん成長していきたいと思います。

三好社長
僕はチームワークのスポーツが好きで、みんなでワイワイガヤガヤ働くのが好きなのです。会社で働いているメンバーがにこやかに自信を持って、お客様のために一生懸命やることで、いい評価の声を聞くことが達成感ですね。

常に伸びしろがあるというポジティブな捉え方

ーご自身の仕事ならではのポリシーはどういったことですか?

野家さん
お客様がオフィスの中で困っていることを解決する道しるべになりたいです。北海道の企業は東京と比べると、企業規模が小さかったり、新しいものを導入したら良いという情報はあるけど、努力と根性だけでは改善できないという現実がある。今は昔ほどお金をかけずに、低コストで品質の高いものが出てきているので、新しい情報、技術を自分たちらしく活用するためのサービスを三好商会が提供していきたいです。時代の変化を伝えることで、みなさんのオフィスを元気にできると考えています。


三好社長
少し前までは、物を届けることだけがお客様との接点でしたが、営業支援、総務支援をもっとおこなっていき、オフィスから企業のサポートを続けていきたい。オフィスのサポートを行い、お客様とチームになりながら目標を達成していくことで、達成感自体も大きくなりつつあります。 お客様との目標、伸びしろを更新してく作業によって、企業が元気になっていき、札幌、北海道が元気になっていくことにこだわっていきたいです。

三好さん

はたらきっぷ=責任の重さ

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

29歳の時に丁稚奉公から帰ってきて三好商会に入社しました。会社では営業職を担当し、46歳で社長となりました。社員には家族がいること、お客様がいること、経営者としては当たり前に考えることではありますが、自分の経営をするという価値観を考え始めたのは、この札幌に戻ってきてからです。文具は商品の変化が大きい業界でもあります。ものをセレクトし、販売を行う上でもこの責任を感じながら提供しています。

野家さん

はたらきっぷ=人との出会い

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

社会人になってから仕事を通じて、それまでに出会った以上の人との出会いがありました。会う人の数だけ新たな気づきをいただきました。もしも出会いが無かったとしたら、これらの事を考えることなく、気付くことの無い人生を送っていたかもしれません。現在の仕事の価値観は、数々の出会いをきっかけに少しずつ積み上げられた結果だと思います。

ー 今から5年後の将来像として、目指す姿はどのようなものですか?

野家さん

社員1人1人が一流を目指し、個人の伸びしろを常に更新していて欲しいですね。会社としてオフィスを提案しています。だからという訳ではないですが、まずは僕たちがいい仕事をしていくことが、お客様への信頼でもあると思っています。


三好社長
専門家がたくさんいる企業ですね。業態は55年の中で常に変化してきました。自分たちで考えて、お客様のためになるものを選択して提供していくこと。まちの文具屋さんとしても、オフィス支援のプロとしても、より成長していきたいです。また、僕個人としては次世代の担い手へのバトンを渡す時期でもあると思います。そういったことを考えていきながら、未来を導きだしたいと思っています。

株式会社 三好商会
代表取締役   三好康裕
住所   札幌市中央区大通西18丁目
TEL   011-631-7111
FAX   011-631-7118
URL   http://www.miyoshi-net.co.jp/