札幌出身で専門学校卒業後、金属加工・製造ラインの組み立てや建設機械の会社で働く。細かい作業をする技術系の仕事が好きだったが、不景気のため退社。当時、社団法人市友会で札幌時計台塔保守師の求人があり入社。 塔時計保守の仕事を始めて10年以上たつが、最初の1年目の気持ちとまったく変わらない新鮮な気持ちで、国内最古の塔時計を守り続けている。

国内最古の塔時計を動かし続ける責任

ー どのようなお仕事をされていますか?

塔時計の保守のほかに、館内案内や業者とのやり取り、ホームページや2階ホールの管理、事務作業など行っています。札幌時計台は明治14年に演武場に塔時計が設置されて、今の姿になりました。時計台の時計は電気をまったく使っていません。130年前の豊平川の石を木箱にいれた錘(おもり)と振り子でだけで、時計の針が動き、鐘をならしている塔時計。4日に一度、下がった錘を人力で巻き上げています。保守作業は2階ホールからハシゴをつかい時計機械のある3階にのぼって、まず部屋全体の雰囲気をみます。湿度や温度をチェックし何か異常がないかを調べた後、ねじの緩みがないか機械の確認をして、問題なければ錘を巻き上げて時間調整。基本はすべて手作業です。振り子を止めたり、早く動かしたりして調整し、全ての作業が終わるのに約2時間かかります。

ー その職業についたきっかけは何ですか?

平成10年に札幌時計台がリニューアルすることになり、札幌市から社団法人市友会へ管理が委託されたタイミングで塔時計保守師の求人があったんです。その時ちょうど技術系の仕事を探していたので応募してみたら見事採用。時計にこだわりがあったのではなく、技術系の仕事がしたいっていう気持ちが大きかったですね。建設機械と塔時計では全く別の仕事と思うかもしれないけど、歯車ってギアのかみ合わせなので、同じような考え方の部分がたくさんあって理解しやすかったと思います。今は館内の案内や事務作業などの仕事もしていますが、なんといっても4日に一度の保守の仕事が楽しいです。僕は技術者なので。

ー もっとも大きな節目や転機を感じた時期はいつごろでしょうか?またそのように感じたのは、なぜですか?

僕の前任者の井上和雄さんは親子二代で、明治時代から時計台の塔時計を守り続けていました。 井上さんが腰を痛めて週2回出勤になり、僕が責任者になったのが3年前。その時点で10年以上保守の仕事をしていたので、実際の業務的にそんなに困ることはなかったけど、自分に全責任がかかると思うとプレッシャーを感じました。一段と気持ちをひきしめて仕事をするようになったと思います。何か大きな変化があったわけではなかったけど、国内で一番古い塔時計を自分の代に壊すわけにいかないと改めて感じたんです。今年で14年目ですが、1年目と変わらない新鮮な気持ちで保守の仕事をしています。14年間飽きることなく、毎回同じことの繰り返し。ここではそれが大事なことです。明治時代からある時計台を守るために、これからも同じ作業を繰り返していきます。

観光名所としてだけではない、時計台があり続ける理由

ー 仕事や自分へのキャリアに関する悩みを、これまでどのように乗り越えてきましたか?

日本で1番古いといわれている塔時計がある札幌時計台は、昭和45年に国の重要文化財に指定されました。重要文化財なので守られている部分もあるけど、規制に悩まされることもあります。窓に網戸をつけるための釘を打つこともできない、今はなくなっている部品が多いのに建物を変えてはいけない、傷をつけてはいけないなどさまざまです。そのために、建物に直接釘を打たなくてもいいように、移動式のボードを持ち込んだり。部屋の湿度が上がると機械が錆びてしまうので、湿度をあげないため汗をかかないように作業するとか、どのように現状を維持するかを考える想像力が必要だと思います。重要文化財だからというよりは、楽に管理するために明治時代からの建物を変えたくないという思いが強いです。ここでは変えないことが大切ですから。

ー 達成感を感じるのは、どのような時でしょうか?

外で時計台の鐘の音を聞いた時です。室内にいる時はあまり感じないのですが、外で聞く鐘の音はなんていい音だろうと思います。外の方が響いて、いい音がするんです。その時に近くにいる人が「おぉー」と言っているのを聞くと、「いい音だろう!」と心の中で思いますね。時計台を訪れる人ほとんどが観光客ですが、地元の人たちが歩いている途中に鐘が鳴ってふと見上げる姿をみると、もっと時計台を身近に感じてほしいと思います。昔はだれもが時計を持っている時代ではなかったので、時計台は札幌市民へ時刻を伝える身近な存在だったはずです。最近では時計台はビル街に埋もれていて日本三大ガッカリ名所と言われてしまっていますが、ビルに囲まれているからこそ守られている部分が大きいです。塔時計の機械は直射日光や強風・吹雪にとても弱い構造でつくられています。もし郊外の公園に移転してしまうと、すぐに壊れてしまうはず。ガラスのついていない塔時計の文字盤は吹きさらしの状態なので、吹雪だと時計の針に雪がつき停まってしまうし、土ぼこりがすごければすぐに時計機械は故障してしまいますからね。それに、周辺のビルは時計台に影響がないよう高さにも間隔にも細心の注意を払って建てられています。時計台にとって、札幌の中心部は好立地なんです。そしてなによりも伝えたいのは、時計台は北海道開拓のために優れた人材を育てた札幌農学校が、ここにあったことを伝えるための歴史の史跡であることです。札幌時計台は単なる観光名所だけではなく、開拓の歴史を伝える建物。景観だけで考えるよりも昔からあったものが、変わらずにあり続けることが大事だと思っています。

重要文化財から世界遺産へ

ー 塔時計保守技師のお仕事ならではのポリシーとは何ですか?

毎日かわらずに正確な時刻に鐘を鳴らすことです。実際は時計台の時刻は4秒すすめています。鐘がなってから時計をみるまでの余韻のためとも言われていますが、別の理由があります。振り子は寒いと縮んで時計が進み、暖かいと伸びるので遅れてしまい、一日に一秒ほどずれる事があります。時計のズレは0秒から10秒までが許容誤差。ぴったりにあわせておければいいけど、それだと遅れる可能性がでてきてしまいます。遅れた時計は意味がないですよね。0秒から4秒前にしておけば、許容誤差でおさまり4日おきの保守作業で調節できます。でも、そこまでずれないように気をつかっているので、大きくずれても2秒前後ですね。それから代わりの時計がないため、今の機械をどれだけ長くもたせるかが重要です。壊さないように現状を維持しながら次の世代へ引き渡すことが保守師の仕事だと思っています。簡単に話していますがとっても大切なことなんです。派手な作業はないけれど、毎回変わらない作業を丁寧に、基本に忠実におこなうことで、数十年、数百年先に繋いでいきたい。そう思うと、機械を触る時は毎回緊張しています。

ー どのような人がこの職業に向いていると思いますか?

毎回同じ作業なので飽きっぽくなく、繊細なひとがいいです。それから、探究心がありすぎるのはよくないです。探って時計を改造しようとした人もいたので、いい意味で探究心はいらないと思います。時計台の歴史を知ったうえで、塔時計の保守作業を行ってほしいです。僕自身、前任の井上さんが塔時計の重要性を思い真剣に保守をおこなってきた姿をみて、自分もそれを引き継ごうと思いました。

はたらきっぷ=責任者という役割

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

塔時計保守師になって約10年目に責任者になりました。塔時計を自分の責任で管理するようになり、130年以上前からある国の重要文化財を自分の代で壊すわけにいかないというプレッシャーがありましたが、同時に守り続けなくてはいけないという責任感が強くなりました。

ー 塔時計保守技師の今後の将来像として、下村さんが目指している姿はどのようなものですか?

以前は塔時計を自動巻きに変えるべきという意見もありました。確かに自動巻きにすると管理は楽になると思いますが、手巻きだからこそ調子の悪い部分を早期発見できて、大きな故障を防ぐことができます。国の文化財になった今、自動巻きにはならないと思いますが、次の世代の保守師がもう駄目だとあきらめて自動にするしかないと言ってしまうかもしれません。でも僕は絶対にしません。するべきではないと思っています。塔時計が原型のまま残っているのは世界中でも数少ないんです。そのままあるものは、そのままの形で動かし続けることが重要だと思っています。この気持ちを受け継いでくれる人が次の保守師であればいいですね。その思いが続けば、時計台が歴史を刻んでいる建物だと地元の人たちにも知ってもらえると思います。そうなっていけば、いつかは世界遺産になれるのではないでしょうか。重要文化財でもある札幌時計台の塔時計を守り続けるのは、とても責任のある仕事だと思っています。

札幌市時計台
塔時計保守師   下村康成
住所   札幌市中央区北1条西2丁目
TEL   011-231-0838