札幌で生まれ育ち、サッカー少年として学生時代を過ごす。高校卒業後スポーツ用品メーカーで約9年働くが、手に職がほしいと考え20代後半に東京にある靴工房の学校へ入学。学校で靴職人としての技術を学びながら、靴工房から外注業務をうけアウトワーカーとして3年間働く。その後札幌に戻り、2007年7月に靴工房cagraを開店。全ての工程をひとりで行うオーダー靴製作と、一般の人たちを対象に本格的な靴づくり教室も開催している。

30歳から学び始めた靴職人

ー 靴職人になったきっかけはなんでしょうか?

学生時代にサッカーをやっていたスポーツ少年だったのもあり、
高校卒業後スポーツ用品メーカーに就職。
その時はこんな仕事がしたいとか何がしたいとかは考えていなく、
なんとなくスポーツ関係がいいなという気持ちで仕事を決めました。
でも働き続けるうちに、次第に大量生産したものを売る仕事に違和感を覚えたのと、
社会情勢もあり、漠然と転職を考えるようになりました。
手に職をつけたいと考えた結果、家具か鞄をつくる職人になりたいと思い仕事先を探していたところ、
今はもうないのですが小樽にあった鞄工房で、
翌春からであれば雇っていただけるお話しになったのです。
来春までに半年ぐらいあったので、その期間を利用し旅行でヨーロッパへ。
イタリアのフィレンツェは革の町、職人の町。
2週間ぐらい毎日鞄工房に通い職人の仕事を見ていました。
そして帰国する前の日に偶然靴工房を見つけて、ついでだから寄ってみたのです。
軽い気持ちで見始めた靴工房での職人の仕事は、
いままでみていた鞄づくりとは全く違うもので、数時間ずっと見させてもらいました。
それから日本に帰国し、その日かその翌日に神奈川にあった、
小樽の鞄工房の本店に立ち寄りまして、社長としばらくお話や食事をしていたのですが、
その時「業績が悪くて雇うことができない」と告げられたのです。
とてもつらい出来事でしたが、こればかりはしょうがないので、
さあこれからどうしようかと考えました。
そんな時、頭によぎったのはイタリアで偶然みつけた靴工房でした。
なぜかとても印象に残っていたのです。
「これは鞄より靴かな」
その時あらためて靴職人になる方法を考え始めました。

革にこだわる理由

ー なぜ革製品にこだわったのですか?

男の人って何かの記念でちょっといい革製品を買ったりしますよね。
高いイメージだけど、革に対する憧れですかね。
それに僕は学生時代サッカーをしていたのが影響していると思います。
サッカーのスパイクって昔は安いのは合成皮革か、ちょっといいものになると本革でした。
小学生のころは、いつか革のスパイクを履きたいという思いが強かったです。
倍ぐらいの値段がするけど履き心地は良いし、プレイするにもとても影響があるのです。
中学生ぐらいにお金を貯めてちょっと高い革のスパイクを買った時の気持ちは忘れられません。
磨けば光るし、丁寧に水洗いをしたり、そんな感じで昔から革が好きだったんだと思います。
小学校のときのスパイクの影響で革の靴をどこか身近に感じていたのかもしれないです。

ー どのように靴職人として独立したのですか?

まずは札幌市内、道内の靴職人を探し始めました。
当時はまだ札幌にもオーダーメイドの靴工房が何件かあったんですが、
どこも個人でやっている規模なので働かせてもらえるところはなかったです。
そんな時に偶然手にした雑誌で東京の靴工房が学校を始めることを知り、
これしかないと思い東京で靴づくりを学び始めました。
当然靴の知識はなく、革の切り方も知らない、何もわからない状態での入学。
実際に靴をつくってみると、ものすごく手の込んだ靴の作り方、想像していないような構造で、
一足やり遂げた時にこんなに面白いものはないと感じたのを覚えています。
そのころは全部の工程の意味は理解してなかったけど、
100年以上前からの作り方が今も受け継がれていて、
この作り方を考えた昔の人々はすごいと感動しました。
当時30歳になろうとしていた自分は、年間約100万の学費や他にも材料費、
東京での生活費もかかりますから、とにかく必死でした。
学校へ通いながら工房から外注業務を受けるアウトワーカーとしても働いていました。
卒業してからもアウトワーカーとして働いてはいたのですが、焦りも感じていたと思います。
年齢と札幌の靴業界のこと、技術や知識を感じるスピード感を考えた結果、
早く自分でやらないとだめだと思い、札幌へ帰って独立する決心をしたのです。

聞いて、作り、靴の良さを伝える

ー 靴職人としてのポリシーは?

嘘をつかない仕事をすることです。
お客さんと靴をあわせる仕事をしているので、それに全力をむけるのは当然です。
40、50年前だと思われる古い靴の木型を見ると、
現在よりも足の構造に近い形につくられていた既製品が多かったように思います。
最近ではどちらかと言うとつくりやすさを重視しすぎているように思います。
幅広な木型、デザインしやすい木型。大量生産しやすい木型。
もちろん全てがそうではありませんが、体を無視したものも多いです。
適度につくりやすさや売りやすさを重視する考えからできている靴は、
人間の体からはどんどん遠くなってしまうように感じます。
それに靴は見えない部分がかなり重要だったりするのですが、
歩くことを無視した設計になっていたり、あまり良くない材料を使っていたり・・・。
つくる人にしか分からないであろう嘘が隠されている靴があふれている現状は、
とても残念なことだと思います。
多くのメーカーが流行を追って、しかも安く大量につくらなければならないので、
ある程度はしょうがないことだと思うのですが、
これはメーカー側だけの責任ではないんじゃないかなぁとも思っています。
もちろん、すばらしいメーカー、いい靴もたくさんあります。

ー やりたいことを職業にして苦労したことはありますか?

苦労したことはたくさんあります。
でも大変だと思っていてもしょうがないので、あまり大変だと思わないようにしていますね。
完成した時に喜んでもらえるのはすごく嬉しい。
反対に「あっ、このお客さん後悔しているな」って感じるときもあります。
5万よりも10万、10万よりも20万の靴がいい靴と思い、
履けばすぐに空を舞うような履き心地のオーダー靴ができる。
そう考えている人が多いけど、残念ながらそうではありません。
しっかりとした靴をつくると、きちんとした芯をいれ、
伸びすぎないようにしたりするので必ずならし履きが必要なんです。
革製品はなじむのを待たなくてはいけないのです。
お客さんに満足してもらう為に、きちんとした説明と
しっかりとしたコミュニケーションをとるようにしています。
それでまだ、自分の説明不足やお客さんとのコミュニケーション不足だったり、
もっとその人にあった革を選でいたりとか、、、いろいろと思うことはあるけど、
後悔してもしかたないので、反省にとどめてます。
後悔したような顔がみえても、自分を追い詰めない。後悔しないで、反省はする。
しっかりとした靴をつくり、なじんできたら手放せなくなる。
そんな靴を知ってもらうことを目標で一足一足つくることにしています。

靴の良さが伝わる=職人の居場所が残る

ー 今後の将来像として、樋口さんが目指している姿はどのようなものですか?

いつかは数人の仲間が集まって小さい工場でもやれたらなぁと思っています。
今は全て一人で行っているので、どうしてもできることが限られているけど、
もっといろんな人にきちんとした靴の良さを知ってもらいたいんです。
靴が合わず足が痛いという人の多くは、知識が不足していて、
ちゃんとしたサイズや靴の履き方を説明すると改善することがあります。
間違いを説明すると、オーダーする必要もありません。
無理やり20万や30万払ってオーダーする必要はないと勧める場合も多いです。
お客様の要望にとことん答えていく高価格帯の手製靴。
もう少し買いやすい価格帯でも嘘をつかない靴と作り手からのアドバイス。
そんなことを北海道に広げ、追求していけたらと思っています。
合う靴がないと探しまわる人。自分の足のサイズが分からない人。
靴づくりが雑になってしまったことや、靴の知識がないことでオーダー屋に駆け込む人。
20、30年前なら既製品の靴で合っていたのに、わざわざオーダーしなければならなくなった人。
そういう困っている人たちに喜んでもらえるような場所を、
自分ひとりでは無理なので何人かで協力して、札幌に作っていけたらいいなぁと思います。
そうすると靴の良さをもっと知ってもらえるし、靴職人の働ける場所ができます。
日本の靴工場は東北に多く、手製の靴工房は東京の浅草にたくさんあります。
北海道にも靴の会社はありますが、もっと北海道の人たちを相手にした、
靴屋さんがあってもいいと思います。
北海道は世界的にみて、気候・人口など特殊な地域だと思うので北海道に適した靴をみんなで考え、作っていきたいと思います。
そのために札幌に工房があり続けることが大切だと思っています。

はたらきっぷ=「人」

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

人との出会い。その時その時で誰かに会って、
自分が変わってきていると思う。
誰という特定の人ではなく、日々の出会いに影響されています。
お客さん、先輩、仲間との出会い。
イタリアで偶然出会った靴職人との出会いも、
大きな一つとは考えていなくて、
たくさんある人との出会いの一つです。
そんな人との出会いの積み重ねが今に繋がっています。
常に一つひとつが大切な一つと思っています。
Cagra
靴職人   樋口泰三
住所   札幌市中央区北3条東5丁目
    5番地岩佐ビル3F
TEL/FAX   011-219-0928
URL   http://www.k5.dion.ne.jp/~cagra