青山剛士さん
1979年札幌生まれ。18歳の時に何も考えず理工学系の大学へ進学する為上京。20歳で知人に教えてもらったスイス、ドイツのグラフィックに夢中になり、アート・デザインの道を進むことを決意する。22歳で旅資金をつくりだすために路上で写真やTシャツの販売を吏枝さんと行う。その後、drop aroundを結成。

青山吏枝さん
1979年札幌生まれ。16歳の時に旅の楽しさに目覚める。高校卒業後は念願の服飾専門学校へ進学。卒業後、衣装デザイナーとして活動をはじめたが、その場限りの服をつくることに疑問を感じ服飾業界を離れることを決意。22歳で旅資金をつくりだすために路上で写真やTシャツの販売を剛士さんと行う。その後、drop aroundを結成。

2人の空気がつくりだす仕事

ー どのようなお仕事をされているのですか?

吏枝さん
書籍、冊子、WEB、パッケージなどのアートディレクションとデザイン全般です。
最近の具体的な仕事だと、旅行商品や小規模の自治体がつくっている物産のブランディング、
パッケージデザイン、グラフィックデザインなどを行っています。
2人でやり始めて、13年目になります。
私が手書きでアイディアを書き、具体的なモノのデザインを
夫の剛士がパソコンを使ってつくっていきます。
また、2005年から4年半、東京・恵比寿でアトリエ兼旅の雑貨店
「atelier drop around」を開いていました。
アトリエの一角で自分たちがつくったオリジナルプロダクトと、
旅先の蚤の市などで見つけてきた古道具や雑貨なども売っていました。

ー drop aroundとしての活動のきっかけ、名前の由来は?

吏枝さん
当初、2人の持っている技術や素材を合わせたプロダクトをつくりたい、
そしてお互い大切にしている”旅”をするための旅費を稼げたらとユニットをつくりました。
私は旅行の間に写真を撮るのが好きで、彼は素材として風景を見ていて、
旅先で集めた断片的なものをデザインしていたのです。
剛士さんが大学卒業後、専門学校時代を過ごした大阪で
それをポストカードやTシャツにして、路上販売することから始まりました。

剛士さん
買ってくれたお客さんの1人に「何かブランド名は無いの?」と言われ、
そういったことは考えていなかったことに気づきました。
辞書をぱらぱらしていた時に、
「ちょっと立ち寄る」という意味の”drop around”という言葉が気さくで目にとまりました。
今もそのまま屋号とてして使用しています。

ー お仕事はどのような流れで受注されているのですか?

吏枝さん
路上で販売をしている時にお客さんから
DMや冊子、WEBをつくって欲しいというお願いが増えてきました。
drop aroundの製品カタログやポストカードもつくっていたので、
自分たちがつくったものを見てくれて、仕事を頼んでくれるという、
そういった流れで今も続けて、この仕事をしています。
あまり私たちの居場所にとらわれずに仕事を頼んでくださるかたが多く、
九州の五島列島から北海道までさまざまな場所にお客様がいます。
東京から札幌に移ってきた時も「今度は札幌なんですね。」と自然に受け入れてもらいました。

離れたからこそ見える良さ

ー 札幌に帰ってくるきっかけはあったのですか?

吏枝さん
当初、お店をたたんでからは札幌と東京の二居住を考えていました。
しかし、東日本大震災が起こった後に、仕事の形が変わるという予感がお互いにあって、
東京の家を引き払い、自分たちの地元である札幌に戻って拠点を1つにしようと思いました。
札幌に帰ってくることは元々2人で話をしていて、
2年くらい場所を探しながら行き来をしていたのです。
物件探しのためだけに帰ってきたことも何度もありました。
でも自分たちがここだ!という場所がみつからなかったのです。
震災があってからは、もうちょっと家族が固まって、
一カ所にいる方がいいなと思い、勢いで札幌に帰ってきました。

剛士さん
マンション暮らしを約1年したのですが、
トンカンとDIY的に自分たちでつくれる場所を探し、今の場所を拠点としています。
自分たちの手を入れる余地があるというか、手を動かすことが根本的に好きなので、
そういった場所って大抵おんぼろで、難ありなんですけど、いつの間にか愛着が湧くんですよね。
10年以上札幌では無い場所に住んでいたので、知らない場所に来た感じもあるし、
でも外に出ると知っている人たちばかりで・・・という不思議なUターンですね。

ー 札幌以外を拠点にした経験から、札幌の魅力ってどんなところにありますか?

吏枝さん
物件の話にもつながるのですが、なにかできるという余白がいっぱいある感じがします。
情報量やまちのサイズも札幌はちょうどよくて、
求めているうちに、物足りない感があるかもしれないのですが、ほどよさを感じます。
30歳を越えるとなかなかガツガツした感じは、、、。
自然とかいい景色とかそういったものの方が心の栄養になりますよね。
自分たちが旅先で気に入った場所や街がどうやっても札幌に似ていることに、
ここ数年で気づきました。
ドイツのベルリンやヨーロッパ、チェコなどの東欧も、
だだっ広くてやや寂しげなというのが北海道に似ていて、
どこかで刷り込まれた美しさの基準というか、ここにいるとホッとするなというのが
北海道という土地にリンクしているのだな、と他の土地、
別の場所に行った時にルーツとして感じます。

自分たちが、そのひとのお客さんになりきって考える

ー この仕事ならではの達成感はありますか?

吏枝さん
1つ1つの仕事が終わった時に、その仕事ならではの達成感を毎回感じてはいるのですが、
デザインって私たちは道具だと思っていて、伝えたい”メイン”のものがあって、
それをうまくみんなに伝わる様に落とし込めて知らない誰かの手に渡って、
そこで反応があった時にうまく道具として機能したことではじめて嬉しい気持ちになります。

剛士さん
お店のさまざまなことを一緒に全てやった恵比寿のお菓子屋さんがあります。
当初、一人でお菓子のネット販売をはじめたい、ということで相談を受け、
屋号を決めるところからロゴ、ホームページ、通販用の小さなリーフレット、と
本当にゼロから一緒に手探りでつくっていったお仕事で。
その後、彼女のつくるお菓子の美味しさが評判を呼び、
想像より早くに実店舗もオープンすることに。
メニュー表やショップカード等のツールづくりにもつながっていきました。
平面から立体へ、ネットから空間へとどんどん媒体や受け手が増えて広がっていくのを
一緒に体験させてもらえたことは、大きな喜びと自信になりました。
この仕事の醍醐味を味わった、独立後最初の仕事といえる気がします。

ー お二人の仕事のポリシーはどういったことですか?

吏枝さん
伝えたいことのために、手段を選ばすベストを尽くすことです。
手と頭をよく動かして、手触りやシチュエーションなどをじっくり想像します。
私たちがクライアントさんのファンになっていることが多いです。
先ほどの話に出ていたお菓子屋さんのつくるものは、とにかく美味しい。
はじめて食べた時にまずびっくりしたんです、他にはない美味しさで。
このひとすごいすごい!こんな美味しいお菓子あるのか!と、
いち早くファンになりました。笑

だから「みんながこれを知らないのは損」という気持ちでお仕事していましたね。
今までのお仕事相手は、みなさん自分の道を切り開いて行く強さのある人たちで、
尊敬や興味が尽きない、いい出会いに恵まれてきたと思います。
だからこそ、嘘のある仕事はできないな、と思うようになりました。
デザインって、大切なメッセージを届けるための道具ですから、
美味しくないものを売れるようにすることはできないし、
心ないもの、すぐゴミになるものを資源をムダ使いしてつくるのにも疑問が湧く。
発信する側に嘘があったら、自信を持って勧められない。届けられない。
だから、自分たちがお客さんだとしたらどう感じるか、
初心のような気持ちを常に大切にしていますね。
よいものやひとを心から応援するような、正直な仕事をしたいんです。
知らない人から、知らないモノ、媒体のデザインを依頼された時も、
なるべくお顔を合わせて話をよく聴いてみて、
そこではじめて自分たちにお手伝いができるのか、ゼロから真剣に考えます。
そのひとが好きなもの、世界観、目指したいことを少しでも一緒に体験してみて、
つくられたものや空間から、ここがいいな素敵だなとか、
ここがもっとこうだったら、みんな興味を持つのかも、とか
素直に感じたこと、印象からお仕事に繫がっていくことが多いです。

仕事をする相手とは、私たちも2人という体制なので、
相手も構えずに、友人同士の様に相談をしてくれることが多いですね。
また、新しくお店やプロジェクトを立ち上げようとしている人たちとの仕事も多いのですが、
最初はものすごくドキドキしていて、後押しして欲しいという感じだと思うので
その時はいいものを引き出せるように、自分たちも楽しみながら仕事をします。

ー 今から5年後の将来像として、あなたが目指す姿はどのようなものですか?

吏枝さん
自分たちがどういったものをいい道具だと思っているか、
なにをいいデザインだと思っているかを伝えれる
ショールーム的な家とお店をつくりたいと思っています。
お店は店主がどういったものが好みなのか空間全体で感じられる場所です。
その空間を全身で感じとってもらえるポートフォリオ的な機能を持たせたいですね。
東京で約5年お店を開いていたので、そろそろ札幌でも試したいなと思っています。
お店はお客様に対してデザインの窓口でもありながら、
たくさんの出会いが生まれる場所です。

ー 場所を持つ想いがあるのですね。

吏枝さん
前のお店を辞める時に初めて、無くなることを残念がってくれる人の存在に気づきました。
当初、私たちの屋号の意味合いとしては、路上では「一瞬でもいいから立ち寄って」という意味が強かったと思うのですが、場所をかまえたお店というのは、開いている時は、帰ってこれる場所。
札幌で続けるとなると「北海道に行く時に訪れてみたいな」と思ってもらえる場所にしたいですね。
1件のお店とか、誰か1人の存在というのはとても大きいなと感じています。
そこが1つ無くなっただけでその街の魅力って無くなったりしますよね。
人を引きつける札幌・北海道の場所の力を強くしていきたいなという気持ちがあります。

剛士さん

はたらきっぷ=福岡で出会った古道具屋さん

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

たまたま旅行で出掛けた福岡でやっていた骨董市に
他のお店とは雰囲気が違うものを置いている人がいて
お店をやっていると聞き、次の日お店へ行くと
牛小屋で凄くかっこいいお店だったんです。
移転する直前でものが少ないといいつつも、
あるもの全てがかっこよくて、そのお店に出会ったことで、
さらに古いものが好きになるきっかけを与えてくれました。
その店主の世界観に衝撃を受けました。
僕の場合、ゼロからものをつくることが苦手で、
古道具は自らがつくるのではなく、選んできているのに、
その人の空気を感じれるってなんだろうと考えると
凄く面白いですよね。選んだり、見つけ出すことを
仕事にすることに興味を持ったきっかけです。
そして、このお店が今でも
僕たちの福岡のイメージになっています。

吏枝さん

はたらきっぷ=妊娠中に起きた東日本大震災そして原発事故

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

震災をきっかけにデザイナーとしての考えがゼロに戻りました。
すごく困っている人を目の前にしたときに、
なにができるのだろうかと考えたきっかけです。
自分のやってきたことは意味がないのではないかと考え詰め、
デザインを辞めようかとも思っていました。
そんな時に出会ったのが、福島から札幌に移住してきた、
農業と酪農をされている二家族です。
彼らが北海道で活動するツールづくりの
お手伝いをすることによって、自分たちができることは
デザインの仕事なんだと改めて思いました。
drop around
デザイナー
アートディレクター
  青山剛士
デザイナー   青山吏枝
URL   http://www.droparound.com