札幌で生まれ育ち、地元で働ける仕事を求めて路面電車の運転手となる。5年の実務経験を経て昨年より「ササラ電車」に乗り除雪を行う「ラッセル班」として働く。北国札幌の冬にかかせない雪とむきあい、路線のループ化や新型低床車両の導入が今後予定されている、新しい市電のあり方を考え仕事に取り組んでいる。

雪国にかかせないササラ電車

ー 河野さんのお仕事はどのような内容ですか?

4月から11月の雪の降っていない時期は、営業車を運転しています。
僕たちはお客様を乗せて走る路面電車を「営業車」、
雪が降り始める12月頃から3月末頃まで走る除雪車を「ササラ電車」と呼んでいます。
現在札幌にある営業車は30台。
運転手64名が7組の班にわかれ、シフト制で勤務を行っています。
冬になるとその班から1人ずつ選ばれた運転手7名と係員1名の、
計8名でササラ電車で除雪を行う「ラッセル班」が編成されます。
路面電車が走る軌道面に積もった雪をそのままにしておくと、
夜には圧雪状態になってレールを埋めてしまい電車が走れなくなってしまうんです。
営業車の走行に支障がないように、シーズン中は毎朝4時に全路線を走り、
車両の前方についているササラを使いレールに積もった雪や
張り付いた氷を取り除くために出動しています。
車庫に戻ってからササラ電車についた雪を落とす作業は、
メンテナンスも兼ねているのでとても大切です。

ー ササラとは何ですか?

ササラとは、車体前面に取り付けられた竹製のブルーム(箒)です。
竹で出来ているササラの反発力を利用して雪を掃き飛ばしています。
その当時、鍋や釜などを洗う為に台所にあった竹のササラをヒントに、
竹の反発力を利用して雪を掃き飛ばす道具となったそうです。
この竹のしなり具合と固さが雪を掃くのにちょうどいいんですね。
竹の先は一束200本ほどに割かれて針金でまとまっていて、
それを電車の前方に固定するため木の台に手作業で釘を打ち込んでいます。
1シーズンで1・2回のササラ交換と、次のシーズンの分までササラの準備は、
雪が降っていないときの大切な業務です。現在札幌には4両のササラ電車があり、
年間の合計走行距離は多い時には7,000km。
これは札幌と神戸を2往復するのと同じ距離です。

ー 職業についたきっかけは何ですか?

きっかけは「広報さっぽろ」や地下鉄に貼ってあった求人を見たことです。
以前は公共事業関係の地質調査の仕事をしていました。
ある程度の経験を積んだころ、独立を勧められたこともあったのですが、
その時期景気が悪くなってあからさまに仕事が減っていたんです。
当時25歳で年齢的にもこの先どうしようかと考え始めた時がちょうど重なった時期でした。
転職でまず第一に考えたことは、札幌でできる仕事ということです。
地元なのはもちろんですが、自然が好きで釣りやジェットをするのが趣味なので、
僕にとって札幌はとても素晴らしい環境だと思っています。
それと、乗り物が好きで交通機関の運転手の仕事を考えていたので、
自然と市電の運転手の求人が目に入ったのだと思います
鉄道オタクではないですが、乗り物は好きです。
路面電車の免許を取るための教習所に入り、
学科2カ月と運転実技2カ月の4カ月間で合格しました。
応募当初の100数名の中から最終的に残ったのが6名なので、狭き門だったと思います。

マニュアルはない。大切なのは経験と判断力

ー 路面電車の運転手として、ラッセル班として働き始めてどうでしかたか?

実は運転手になりたての時はそんなに大変だとは思っていませんでした。
正直こんなものなんだという感覚でした。
でも年々やればやるほど考えることが多くなってきたんです。
少しおおげさかもしれないけど、ただ営業車を動かすのは誰にでも出来ると思います。
ゲームの「電車でgo!」みたいな感じですね。
でも、接客しながらダイヤどおりに車と同じ道路を一緒に走るのは
思っている以上に考えることはいっぱいです。
例えば、JRでは運転手さんは運転するだけ、車掌さんはアナウンスなどの車掌業務をするだけ、
駅の人は駅の業務だけど、市電の運転手は3役すべてをひとりでやらなくてはいけない。
そして、言葉遣いや、笑顔、接し方などの接客業務に対して求められることが多く、
経験を積めば積むほど考えなくてはいけないことが増えています。
そんな中、営業車の運転を5年経験し、
去年からラッセル班でササラ電車を運転するようになりました。
営業車とササラ電車の運転はまったく違います。
営業車はお客さんの乗り心地のよさを考え、運転しなくてはならないですが、
ササラ電車はいかに早く作業を行い営業車がスムーズに走れるかを考えます。
ササラ電車は営業車とは違うつくりでコントローラ自体が
何十年も昔からのものが使われているため、とてもデリケートです。
最初はすごく戸惑いました。
2人1組になり1人は運転、1人はササラの回転を操作します。
ササラ電車には決まった走り方がなく、その日の天候に合わせて除雪作業を行うのです。
多く雪が降ったときはササラ電車の台数を増やしたり、
交通状況や天候によって調節しながら営業車のために動きます。

ー 河野さんの仕事での転機はいつでしたか?

ラッセル班に選ばれたことです。作業的なことが好きだったのもあるし、
今の職場のなかでも新しいことをやりたいと思っていました。
実際にラッセル班になった時は新しいことにチャレンジできる嬉しさと、
初めての仕事への不安が半々な気持ちでした。
1年目は言われたことをやるので精一杯。
ササラ電車に乗り除雪作業が始まると、隣の人の声が聞き取れないほどの音がするので、
一つひとつ丁寧に教えてもらえる時間はないです。
先輩の動きをみて覚えるのが基本です。
ラッセル班1年目の昨年は寒かったけど雪が少なかったので、今年の大雪とは比較になりません。
昨年のシーズンは3月末で降雪量471cm、今年は2月の時点で降雪量711cmです。
それに、営業車と同じで自分で考えなくてはいけないことがドンドン増えていきます。
今はまだどうやって運転して除雪をするかは先輩の判断と指示で動いているけど、
この雪の降り方だったらどうするかなど自分でもシュミレーションを重ね
自分の引き出しを増やすようにしています。
自分と同じ考え方の時もあるし、自分では思いつかないようなこともあります。
一つひとつを参考にして、自信をもって自分の判断を言えるようになりたいと思います。
そのことに対して、何を言っているんだという先輩はいないので、
ラッセル班全員でその状況に応じたベストな判断を探しています。
今こそ自分で考えておかないと、上の立場になった時に急にはできないですからね。
いつかは自分も誰かの先輩になり、自分なりに考え判断をする時のためには
いまからでも早くはないんです。そんな責任感を感じながらラッセル班の仕事に取り組んでいます。

予測できない天気と向きあう先には

ー ラッセル班のお仕事をされていての苦労は?

冬のシーズン中は睡眠時間が少ないこともあるので、体力的につらい仕事です。
平均年齢37歳、僕は若いほうですが辛いと感じる時もあります。
2名1組の全8名で早出、日勤、遅出の3交代をまわしていますが、
雪が降ったときには多くのササラ電車を出動させなくてはいけないので、
8人全員が出勤していることもよくあります。
家にいても24時間つねに準備し天気予報とにらめっこです。
いつ呼び出されてもいいように、休みの日でも冬の期間はお酒は飲まないし、
携帯は肌身離さず電波のないところには行かないです。
なるべく遠出もしないですね。基本的に自分の家よりは遠くに行かないのは、
家から電車事業所に着くまでの時間を計算して出勤要請があるからです。
少しでも雪が降ると、気になってしょうがないので窓の外をよくチェックしています。
近所の人に見られたら怪しまれるかもしれないですが、それぐらい雪が気になります。
それともう一つ注意しているのが気温が暖かくなることです。
雪が解けてそのあと気温が下がりレールが凍ってしまうのが一番厄介です。
雪よりたちが悪くササラ電車でもどうにもならない事があるので、
スクレーパーという道具を使い手作業でレールの上の氷を剥ぎ削っていくんです。
だから線路に水が溜まって凍ってしまう前に、
時間をみはからってササラ電車を走らせることが大切です。
冬は常に雪と気候を気にしながら過ごしています。
JRは吹雪で運休することがあっても、電車が全線止まってしまうことはほとんどないです。
僕の仕事は「絶対に電車を止めない」これが全てです。

ー 地元地域とどのように関わっていますか?

電車線沿いに住んでいる方々にとって、路面電車は大切な交通手段です。
最近は沿線にマンションが増え、学生も多くなり、乗る方々が増えています。
ガソリンの高騰により電車通勤が増えているのも理由の一つです。
でも、生活圏として使う人の数には限界があると思うので、
数年後の路面電車のループ化をきっかけに、観光の新しいツールになっていきたいと思っています。
正直僕たちからみるとループ化に不安な部分はあります。
新しくできる路線は道路の両はじに線路ができるので、
ササラ電車だと雪を歩道に飛ばせなかったり、
今なら終点で前を走行している営業車の前に入ることができますが、
ループだと追い越せなくなってしまいます。
電車は日中であれば約7分間隔で行き来しているのですが、
一台追い越せることはとても重要なことなんです。
たった7分の違いですが、その7分で路線の状況が変わることがあります。
電車が止まってしまう大きな要因になると思うので、
僕たちのほうでも走り方や考え方を変えなくてはいけない。
それでも路線のループ化は新たな賑わいづくりに貢献できると思っています。

ー 今後の将来像として、河野さんが目指している姿はどのようなものですか?

電車に乗ったことのない人に一度は乗ってみてほしいです。
札幌でも乗ったことのない人がたくさんいると思います。
お客様と運転席が近いので、「電車っていいね」っていう声がよく聞こえてくるんです。
好きな人は乗っているだけでも楽しいみたいです。
それに基本的なところだと思いますが、
僕たちの仕事の安全とは、命を輸送していることを忘れてはいけない。
常に危険を予知した操縦を行うように、運転技能や知識の向上を意識していきたいです。
営業車でもササラ電車でも今は教えてもらえる状況なのでしっかりと経験を積んでいって、
将来は教える立場になっていければと思います。

はたらきっぷ=「人」

ー 今の仕事に興味を持ったきっかけ、仕事に対する価値観が変わったきっかけなどを駅に例えて、きっぷに書き込んでみてください。

ラッセル班の先輩であり、師匠からの言葉です。
自分の運転の安全。お客様への安全。
雪が降るか降らないかわからない状況のときには、
降らないかもしれないとは思わず、降ることを前提に考える。
最悪の事を常に考えて行動します。
「大丈夫だろう」では雪が降った時には間に合わないのです。
ことわざで「転ばぬさきの杖」とあるけど、転んでは絶対にだめ。
そう考えていることが、ラッセル班だけではなく、
路面電車全体の安全につながっていると教えてもらいました。
札幌市電車事業所
路面電車運転手   河野慎吾
住所   札幌市中央区南21条西16丁目
2-20 電車事業所
TEL   011-551-3944